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顰に倣う(ひそみにならう)

内田樹 教養

呉越の時代、呉王夫差の寵愛を一身に受けた美姫に西施という人がいた。
西施は「持病の癪」のせいで、歩くときに胸を抑え、眉をひそめていた。
その姿もまた美しく見え、その柔弱たる風情で彼女が呉王の寵を得たという風説が広まったために、後宮の女官たちはこぞって眉をひそめて歩くようになり、やがて呉国中のすべての女たちが眉をひそめて歩くようになった・・・というお話である。


寵愛を得ることができない女官たちが、(寵愛を得られない)自分と西施の位階差を「眉の動き」のうちにあると解釈したとき「顰」は呉国において文化資本に登録された。
であれば、なぜ教養は文化資産とみなされていたのに、みなされなくなったのか。

どうして仏文科は消えてゆくのか?(内田樹の研究室)http://blog.tatsuru.com/2006/12/01_1257.php


教養が文化資本ではなくなった理由も、だから簡単である。
現に日本社会で権力や威信や財貨や情報などの社会的リソースを占有している人々に教養がないからである。
私はそれが「悪い」と言っているのではない。
昔は、社会的上位者たちのかなりの部分は「たまたま」教養があった。
だから、下々のものは「教養があると社会の上層に至れるのだ」と勘違いしたのである。
もちろん、社会的上位者がその地位を占めたのは教養のせいではない。
それとは違う能力であるが、「西施のひそみにならう」ものたちはあわてて教養を身につけようとしたのである。
今日、社会的上位者には教養がない。
かわりに「シンプルでクリアカットな言葉遣いで、きっぱりものを言い切る」ことと「自分の過ちを決して認めない」という作法が「勝ち組」の人々のほぼ全員に共有されている。
別にこの能力によって彼らは社会の階層を這い上がったわけではない。
たまたまある種の競争力を伸ばしているうちに「副作用」として、こういう作法が身についてしまっただけである。
だが、「ひそみにならう」人々は、これが階層差形成の主因であると「誤解」して、うちそろって「シンプルでクリアカットな言葉遣いで、きっぱりものを言い切り」、「決して自分の過ちを認めない」ようになった。
そうして教養が打ち捨てられたのである。


以前は位階差が教養の差にあると見なされていたが、現在の上位階級は教養がなく「シンプルクリアカットな言葉遣い」「自分の過ちを認めない」振る舞いをするため、位階差はその振る舞いにあると下位層が解釈したためである。






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